March 2001

March 31, 2001

甘い生活

『キッコーマンの人』・・私のことだ。
お店で「キッコ―マンありますか?」と尋ねるので友人達にこう呼ばれる。
こちらの醤油は砂糖の味がする。
事実、知人は東京で暮らしていた時、醤油に砂糖やみりん混ぜていたそうだ。
関西の薄い味はおいしいと思えるのだが、この大甘は許せない。
仮に使うにしても、醤油自体が甘いので他の調味料のさじ加減がわからない。

海が近いのでお寿司やおさしみが新鮮でおいしい南国だが、
お店にこの醤油しか置いていない時は、何もつけずに食べる。
これだけ味覚がちがうのだから、思考がちがいすぎるのもあたりまえだ。

2年前まで優雅な専業主婦で、
中心地のデパートまで車で5分の距離に住んでいた私は
この界隈、有名なお店でランチを食べ尽くした。
この数年でグルメ通りなるものもでき、競争が生まれフレンチやイタリアンはおいしくなった。
しかし、和食のお店はいまだに甘いままだ・・・。(笑)

昨年スマライブで帰省中、忘れもしない埼玉と東京ドームの隙間
(別名、拓哉!拓哉!拓哉!に注目強化日真っ最中)
スマ関係者ではない友人達とクィ―ンアリスでランチを食べた。

夢見るアトラクションのようなピンクの壁やテーブルに囲まれた店内で
友人達にあれこれ聞かれ、昨日までのライブや明日から始まるライブを想いながら
私はミッ○ーか?の勢いでしゃべり倒した。(笑)
わあーもう数ヶ月前の出来事なんだねー。感慨ひとしおだー。
あっずいぶん話がずれてしまった。

そうそう、クィーンアリスの話に戻す。
何品かの中から、お肉、お魚、デザートをそれぞれ一品選ぶコースにした。
悩んだよぅーどれもこれもおいしそうで。(笑)
予想通り涙がでるくらい絶品なお味で!特にデザートは最高満点!
私の文章力では、どれくらい感動したのか伝えられないのが残念。
『グルメ通り』が『嘘味通り』に思えてきたぞ。
慣れとは恐ろしいものだなあー。(笑)
もっともっと美味美味を!探し求めて暮らしたい♪

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March 30, 2001

東シナ海に行こう!

ときどき出かける東シナ海は我家から30分の距離にある。
ボンカレーやオロナミンCの看板を横目で見ながら、
いくつかの田舎町を通りぬけたあたりにベージュ色の派手な建物が見えてくる。
「なんでここに?」と、首をかしげたくなる宮殿作りなのだ。
家具や小物、雑貨などを売っていて、
中居が「グット・ニュース」で新婚期に住んでいたマンションの家具が配置され、
ドラマ中の写真と共に展示されていたこともある。
が、私が欲しいと思うような物はあまりない。(笑)

田畑や精米所と共存するこの建物を後に、
一山ニ山越える(信号ないのでどんどん進む)と、焼き物の町に出る。
道沿いにあるお店は、それぞれが個性的な建物で古めかしい。
店内の焼き物達が車中からも玄関や飾り窓のガラス越しに見え、
町全体がさまざまな細かい深みのある色で縁取られている。
ここへ来ると軽井沢の郵便局前の通りを思い出す。
記憶の奥底にあるなつかしい匂いと一致するのだ。

やがて、道は大きくカーブして景色が変わり
前後左右山々ばかりの中、二山も越えると・・・
潮の香りと共に、東シナ海の登場。(笑)
東シナ海には、サザン、達郎、ユーミンの曲は似合わない。(特に海がらみ)
湘南や九十九里浜での昔の想い出とこれらの曲が
条件反射を起こしリンクしてしまうのだ。
勿論、拓哉の「siosai」、SMAPの「はじめての夏」もバツ。(私の勝手な主観)

私から見た東シナ海は、どんよりと濃く蒼くどこか寂しげで冷たい。
そして、誰にも従わないしんの強さがある。
冬の夕暮れ時から夜になる時間の東シナ海がたまらなく好きだ。
薄いオレンジ色の空が絵の具を一滴ずつ加えたように赤みを帯び
やがて海にグレーの影を落としながら海と空の境界線が混ざり月が昇る。
東シナ海と三日月。 いい組み合わせかも!
数十年前の曲、石川セリの「ムーンライト・サーファー」が
ピッタリ合うかもしれない気がしてきた。(笑)

しかし、こんな夢見がちな事ばかり言ってられない側面がこの海にはある。
どこか遠くの国へ連れ去られる可能性が高い恐い海でもあるのだ。
「不審者、不審な船に注意!子供をから目を離すな!」の立て看板は
すべての現実を物語っている。

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癌と私と白い影

日常頻繁に通る道沿いに葬祭場がある。
道を隔ててとなりが教会で、そのおとなりが結婚式場というこの通りを、
私は密かに「冠婚葬祭通り」と呼んでいる。
この葬祭場で私は知人を何人か見送った。
いまだ前を通る度、さよならした人々を想いださずにはいられない。
この街で最後を迎えるならば・・・
たぶん私の葬儀もここで行われるであろう。(笑)

先月、私は初めて(けっこういい歳)子宮癌と乳癌の集団検診を受けた。
どちらも受けたその場で「再検診のお知らせがくるな。」と
素人の私にもわかる確かな手応えがあった・・・。
その時、最初に思ったことは、
「万が一、入院とかになっちゃってスマライブに行けなかったらいやだよおー
中居構成かも?の10周年に参加できないんて!みんなと同調(るる語)できないなんて!(涙)」
お馬鹿にもほどがある奴である・・・。

ちょうど白い影放送中真っ只中、
再検診のお知らせを待つ日々
直江病(自分自身が直江と一体化)は日々悪下し出し
どうにもこうにもやるせない気分は拭えない。
思い込みが激しく地の果てまで行かないと気がすまない私は
ネットで婦人病を検索して調べ尽くし、
本屋で人の生き死に関する本を立ち読みしまくった。

運転中「あなたの瞳に〜♪悲しみのわけを〜♪」をリフレーンでかけまくり
感情を込めまくりで大声で歌いながら「冠婚葬祭通り」を何度か行き来した。(笑)
なるようになれ!と、開き直りだした頃、『再診のお知らせ』が届き、
すぐに病院へ、それから1週間後・・・癌ではない事が判明。(笑)
マジ、よかったっす! 今年もライブ行けるっす!
癌かも?と、泣き泣きメール出しちゃった私を励ましてくれたレイコさんありがと!
わはは!とんだお騒がせ野郎でした。

その後の私は、明るく真夜中のナイチンゲールを歌いながら、
冠婚葬祭通りを走りぬけている♪


私信★ YAO、ヨウコさんメールさんくす! お礼のちうを!

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March 29, 2001

道はどこまでも続かない

この街はコーヒーカップのような地形をしている。 
カップの底が地上の平坦な土地、つまり街の中心地である。
カップの回りを縁取る部分が山々、人々の暮らす空間の住宅地。
その山々にそれぞれ○○団地と名前がついているのだ。

私の仕事は車であちこちへ行くことが多い。
いちいち地上に下りると遠回りになるので山から山へと移動する。
いまだに舗装されていないジャリの近道、森林の中を突き進むのだ。
初めの頃はドキドキしながら、サバイバルゲームのごとく必死で
教わったとおり車を走らせた。夕方になると途端に暗くなり、
電信柱などないので前が見えず焦りまくったものだ。(笑)
最近は土地観もだいぶついてきたので余裕が出てきた。
暗くなっても恐くない。(笑)なんでもござれ!どこでもいけるぞ!気分だ。
そんな中、行き当たりばったりが好きな私は、思いつきで好奇心から、
あちこちで曲がってみたり、予定とは逆に走ってみたりした。(笑)
お初の景色に浮かれているうちはいいが
車の向きを変えられないほど、道が細くなるとさすがに心細くなる。
そしてたいがい見事に道がなくなるのだ。行き止まり。その先は未開の土地。
ゆっくりとバックで戻るしかない。片側が崖で冷や汗ものでバックした事もある。
道ってどこまでも続いているのではないという当たり前の事を知る瞬間。

しかし、この数年で山々はどんどん開発され、行き止まりの道の先に
新しい道ができ道と道がつながりだした。便利にはなってきたが・・・
ひねくれ者の私としては少々おもしろくない。
知らない道を突き進み迷子のごとく適当に車を走らせる楽しみが減った。(笑)

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March 28, 2001

上には上が。

東京からT島(南国所属)に嫁いだYさんという知人がいる。
Yさんは南国の空のように明るい前向きな人だ。
「あなたなんてまだまだよ。私はこっちに来て今年で22年。
ついに東京で暮らした年数を昨年越えたわ。さすがにジーンときちゃった。」
実感がこもっているこの言葉は私にとても響き、
遥か彼方の遠い自分がかすかに見えた気がした。
いつか私もこの街での思い出の方が多くなる日が来るのだろう。
その時、胸をはってこの街が好きと言えるだろうか?

先日久しぶりに会ったYさんの手には、
東京の最新スポットやお店が書かれた本が握られていた。
「久しぶりに実家に帰るの。うれしいんだけどドキドキよ。
すっかり田舎者になっちゃって。(笑)」
今頃彼女は都会の渦の中で楽しんでいるにちがいない。

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